東京地方裁判所 平成元年(刑わ)1400号 判決 1989年10月30日
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、別表記載のとおり、平成元年四月一〇日ころから同月二七日ころまでの間、前後三回にわたり、東京都台東区寿《番地省略》所在の甲野ビル一階株式会社乙山前路上において、Aに対し、通話可能度数が一九九八度に改ざんされた日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五〇度のテレホンカード合計三二一枚をその旨を告げて売り渡し、もってそれぞれ行使の目的をもって変造有価証券を交付したものである。
(証拠の標目)《省略》
(補足説明)
弁護人は、テレホンカードは日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)とカード購入者との間の代金決済手段にとどまるものであって、刑法にいう有価証券には該当しないし、被告人には行使の目的もないから被告人は無罪である旨主張するので、被告人の本件行為が変造有価証券交付罪にあたるか否かについて判断する。
一 有価証券性について
刑法一六二条にいう有価証券とは、財産上の権利が証券に表示され、その表示された権利の行使につきその証券の占有を必要とするものであると解される。関係各証拠によれば、テレホンカードは、NTTが設置したカード式公衆電話機の利用料金を支払うための一方法としてNTTが発行している料金前払いのカードであって、名刺大の大きさのカードの両面に、NTT発行のテレホンカードである旨及び通話可能度数についての表示が、表面に、パンチ穴でおよその残度数を表示する度数カウンターがそれぞれ印刷されており、また、裏面の磁気部分には、通話可能度数、発行年月日等のデータが印磁されていること、同カードが電話機の差し込み口に挿入されると、カードの磁気が電話機によって読み取られて、通話可能度数が電話機の度数カウンターに赤色表示され、表示された度数分だけ当該電話機による通話が可能となること、通話中は、電話機の度数表示が使用された度数分だけ漸次減少していき、通話終了と同時に、使用度数分を控除した残度数のデータが再びカードに印磁されるとともに、券面に残度数のめやすとなるパンチ穴が開けられた上、カードが利用者に返還されることが認められる。これらの事実によれば、テレホンカードは、電話による各種サービス提供を受けるという財産上の権利を表示するものであり、カード利用者は、カードの購入により右権利を取得し、カードの所持によりこれを保持し実現するものであることが認められ、しかも、同カードが広く一般に流通していることは公知の事実であるから、テレホンカードが刑法上の有価証券に該当することは明らかである。
二 変造について
関係各証拠によれば、本件テレホンカードは、いずれもNTT発行の正規の五〇度数のテレホンカードを利用し、その券面部分には全く変更を加えず、裏面磁気部分の磁気データのうち通話可能度数を部分を一九九八度に不正に改ざんしたものであることが認められる。
ところで、有価証券の変造とは、真正に成立した他人名義の有価証券に権限なく変更を加えることをいい、右変更は、権利の表示自体に加えられることを要し、また、変造された後も、一般人をして真正な有価証券と誤信させるに足りる外観を維持する必要があると解される。テレホンカードの場合、カード裏面の磁気部分に印磁されている通話可能度数のデータは券面の権利表示を補完し、これと一体のものとしてテレホンカードの権利表示の一部をなすものであるから、本件テレホンカードの改ざん行為も、この権利表示に変更を加えたものと認められる。なお、関係各証拠によると、本件テレホンカードは、電話機に挿入すると残度数が「九九八」と表示されることが認められ、不正改ざんにより券面の「五〇」という度数表示との間に明らかな齟齬が生じたものといわざるを得ないが、券面の度数表示の位置、大きさ、テレホンカードが広く日常的に多用されていることのほか、関係各証拠により認められるとおり、同種のテレホンカードについて、譲受人が、真正なものと誤信する例もあることをも考慮すると、本件テレホンカードについても、これを譲り受けた人が券面の度数表示を確かめることなく、譲渡人の言葉や電話機の表示を信頼して真正なテレホンカードと誤信することも十分予想し得るところである。
したがって、本件テレホンカードは、外観上一般人をして真正に成立したものと誤信せしめるに足りる程度に改ざんが加えられたものといい得るから、本件テレホンカードの改ざんは、有価証券変造罪にいう変造に該当するものということができる。
三 行使の目的について
被告人は、公判段階において、本件テレホンカードが最終的には一般消費者にも流れることを予想していたことを自認しており、被告人の扱った枚数をも考慮すれば、被告人は、未必的にせよ本件テレホンカードが真正なテレホンカードとして流通することを容認していたものと認められるから、被告人が行使の目的を有していたこともこれを優に認めることができる。
以上のとおり、被告人の本件行為は変造有価証券交付罪に該当し、弁護人の前記主張はいずれも理由がないものというべきである。
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも各変造有価証券ごとにいずれも刑法一六三条一項に該当するところ、判示別表番号2及び3の各変造有価証券の交付はいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として変造有価証券交付罪の刑でそれぞれ処断することとし(いずれも刑及び犯情がすべて同一であるから、最も重い罪は摘示しない。)、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情が最も重い判示別表番号3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
被告人の本件犯行は、通話可能度数が五〇度数の正規のテレホンカードを不正に一九九八度数に改ざんしたものであることを知りながら、まず一枚入手し、転売できることがわかるや、多額の不正利得を取得しようとして、更に多数入手しては利益分を上乗せした価格で転売することを繰り返したもので、起訴されただけでも転売枚数が合計三二一枚にのぼる悪質なものであり、しかも、公衆電話機の簡便な料金支払方法として広く利用されているテレホンカードに対する公共の信頼を著しく害するおそれを生じさせたもので、被告人の刑事責任は決して軽くはない。
しかしながら、幸いテレホンカードが一般に流通するには至らなかったこと、転売により得た利益もそれほど高額ではないこと、前科前歴がなく、これまで真面目に稼働してきたこと、捜査段階から事実を率直に認め、二〇万円を贖罪寄付するなど反省の情が認められることなど被告人に有利な事情もあるので、これら諸事情を総合考慮して、被告人を主文掲記の刑に処した上、その執行を猶予し社会内での更生の機会を与えるのが相当であると思料する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田健 裁判官 中谷雄二郎 森純子)
<以下省略>